踊り場のエメラルド

ここは、ある小さな町にある手芸用品店。
様々なデザインの布地やカラフルな糸など、沢山のハンドメイド材料であふれていますが、きちんと整頓されており、店内はとても綺麗です。
このお店に、一人の女性が、とても緊張した様子で入ってきました。
綺麗な緑色の布地を、大事そうに抱えているこの女性の名前は、エマ。
自分の存在を隠すかのような、地味な身なりをしています。
でも、その服装では隠し切れないほど、彼女からは美しさ、知的さがあふれ、それらが常に外へと放たれているような雰囲気があります。
彼女が、今日このお店に来たわけは、継母の命令で、布地を返品しなければならなかったからでした。

事情を聞いたこの店の主人は、渡された布とエマを交互に見て、微笑みながら言いました。
「返金はします。だけど、あなたにはこの色がとてもよく似合うね。うちからのプレゼントです。受け取って下さい」
想像もしていなかった店主の言葉にエマは驚き、すぐに断りました。
「こんなに高価なもの、いただけません」
「大丈夫。内緒にしておくから」
しばらくこのやり取りが続きましたが、最終的にエマは、主人に説得されてしまいました。
申し訳ないという気持ちもありながら、エマは素直に嬉しいと思いました。
いつも黒やグレーなど、地味な色合いの服しか着させてもらったことがなかったからです。
店の主人は機転を利かし、今回、元々継母に取り寄せを頼まれていた別の布地を渡す必要があったため、エマ用の緑色の布を隠すように細工して、一緒に包んでくれました。
エマの心臓は、ドキドキしていました。継母に対して、隠し事を作ってしまったからです。
少し罪悪感はあるものの、店の主人の気持ちに応えたい思いもあり、エマは何事もなかったかのように、平静を装い、帰宅しました。
頼まれていた商品を渡そうとしたら、継母から、すぐに自分の分と、実の娘の分のドレスを作るよう、言いつけられました。
エマは、作業をするための場所へ向かいました。
エマには、自分の部屋がありません。
物置部屋へ向かうための階段の踊り場が、許されている唯一のエマの居場所です。
これが、エマにとっては、幼い頃からの当たり前の生活でした。
悲しい、辛いという気持ちは、どこかへ吹き飛んでいるのか、押さえつけているのか、正直エマ自身も分かりませんでした。
家事が終わったら、壁に寄りかかってぼーっとしたり、古くて硬い布団で休んだり、叶うはずもない夢を想像したり・・・そんな日々を過ごしています。
それでも、階段の踊り場の大きな窓から、太陽の光がいっぱい降り注いでくれることに、幸せを感じていました。温かく大きく包み込むようなパワーに、守られているような気がするからです。

エマは早速、継母達のドレス作りを始めました。手際よく、それらはすぐに作り終えることができました。
その後は、掃除や炊事など他の家事もこなしつつ、少しの空き時間をうまく利用して、緑色の布を使い、こっそりと自分用のドレスも作ってみました。
憧れていた華やかな色のドレス。その日の深夜、完成したドレスを、自分の体にあててみました。
元々美しいエマがドレスを着た途端、全身から輝きがあふれ出て、更に美しさが増したように見えます。
「似合う!可愛いよ!」
この家に住むネコのリリーは、手をパチパチとたたきながら、エマを褒めました。
リリーは、この家のご主人は好きではありませんが、エマのことは大好きです。
孤独なエマにとって、リリーは親友のような存在です。
「ありがとう」
と、エマは頬を染めながら、リリーを抱き上げました。
この日、いつものように、エマとリリーはくっつき小さくなりながら、仲良く寝ました。
唯一休める眠りの時間さえ、布団が冷たくてゴツゴツしていて体は辛いけれど、絶対に今以上に幸せになれる日が来ると、エマは信じています。
日中浴びている太陽の光のように、温かな光に包まれて幸せを感じている自分を想像して、いつも眠りにつくのでした。
そして、今日をきっかけに、何かが変化してくれるような、ワクワクした気持ちにもなっていました。