そして三日後、エマと記者が森の中で会う日が来ました。
エマは、外出を許してもらえないかもしれないとドキドキしていましたが、いつも通り、食材を手に入れてくるよう、申し付けられました。
基本的に、継母もサーラも家事全般が大嫌いで、昔からエマに丸投げしていた状態です。
食事に関しても、食材の調達と料理をするくらいなら、出来合いの品を買って楽をしたいと思うほどなので、やはりエマに任せることになります。
エマとリリーが森へ向かうと、既に記者は待ってくれていました。
エマと会う時は、いつもニコニコしている記者ですが、今日はとても真剣な顔をしています。
サーラの暴力を受け、顔や腕が傷だらけになっていたエマは、記者に理由を聞かれてしまうのではないかと、不安な気持ちになりました。
初めて出会った時と同じで、怯えたような表情をしているエマを見て、記者は、ハッとしました。
それから、エマの顔の傷を心配そうに見ながら、言いました。
「大丈夫、私はいつでも君の味方だよ。ところで、実は、君の家のことをずっと調べていたんだ。とても気になることがあってね。私が調べた結果・・・」
ふーっとため息をついてから、記者は更に続けました。
「単刀直入に言うと、君はおそらく、この国の王族の女性・・・王女だと思われるんだ」
「!?」
言葉が出ないエマ。記者から告げられた言葉は、あまりにも唐突で、思考が追いつきません。
ただ目を丸くしてかたまっているエマを見ながら、記者は順を追って説明してくれました。
・・・・・・・・・・
今から十八年前、エマが住んでいるこの国の王と王妃の間に、女の子の赤ちゃんが生まれました。
母子ともに健康で、無事に出産できたことを祝い、王は王妃へ、美しいエメラルドのペンダントを贈りました。
宝石のエメラルドは、神秘的で美しい緑色、「愛の石」と呼ばれています。
この贈り物を大変喜んだ王妃は、王と相談し、生まれてきてくれた娘の名前を「エメラルド」としました。
娘の首もすわってきた頃、ピクニックをすることになりました。
お弁当は、全て王妃の手作りです。
王妃は料理がとても好きでした。普段は料理人に任せていますが、特別な日には、料理を振る舞ってきました。
王妃が、バスケットの中のお弁当を広げている間、小さなエマは、母のペンダントがお気に入りの様子で、ぎゅっと握ったり、太陽の光にかざしたりして遊んでいます。

食べ物でもなく、母の大切な宝物という認識があるのか、このペンダントは絶対に口に入れたり、舐めたりはしませんでした。
居城の近くの美しい草原。鮮やかに色とりどりの花が一面に咲いています。
そんな美しい花々にも負けず、宝石のエメラルドが一番輝いていました。
その輝きは、太陽の光を受けて更に明るくなり、眩しいほどでした。
ところが、その眩しさが災いしてしまったといえることが起きてしまいました。
少し離れていても確認できる、宝石エメラルドの輝き。その光に気付いた者達がおりました。盗人です。
盗人達は、以前から、王達が住む城の周りをうろつき、何かをねらっていました。
そんな時、誰もお供につけていない無防備な状態で、国王の家族が城の外に出てきたため、盗人達にとってこの日はチャンスの日となりました。
木の陰から、二人の男が突如として現れ、ペンダントを握っているエマを抱え、逃げ出しました。
実は、国王親子の見張りの者達は、近くにおりました。
ところが、平和な雰囲気の中、完全に皆は油断していたといえるでしょう。一体何が起こったのか、とっさに判断できませんでした。
見張りの者が走って追いかけ、盗人達を捕まえようとしました。
その中の一人が、エマを抱いて逃げている者の足につかまり、盗人は倒れました。
その拍子に、盗人は、エマをベビーバスケットごと投げ放ってしまいました。
その先は崖になっていたため、エマはそのまま真っ逆さまに落ちていってしまいました。
数日、捜索が続けられましたが、エマは一向に見つかりません。
平和な日常から、一気にどん底に落とされ、この日から、エマの家族達は、悲しく重たい空気に包まれた日々を過ごすことになりました。
この事件の次の日のこと。
木の実を採りに森に入っていた女性が、木の幹に不自然に乗っている、あるものを見付けました。
木に登り、それを見てみると、器用にも、木の枝にベビーバスケットが乗っており、その中にはなんと赤ん坊がいたのです。
しかも泣かずに、気持ちよさそうに眠っています。
小さな鳥達がバスケットの中に入って、チチチチと鳴いています。それが子守唄になっていたのかもしれません。
いっぺんに驚くべきことが起こって動揺しましたが、一番驚いたのが、この赤ん坊が握っている緑色の宝石の存在です。太陽の光が当たり、キラキラ反射して、目が開けられないくらい眩しく輝いています。
近くには誰もおらず、どうすることもできないため、女性は、とにかく慎重に木からベビーバスケットごと赤ん坊を下ろし、連れ帰ってあげることにしました。
怪しい者達をおびき出さないよう、宝石はブランケットの中に隠しました。
それから数日、赤ん坊の生みの親を探し回りましたが、なぜか見つかりません。
毎日、赤ん坊を見守りながら、外を歩き続けているうちに、きっと何か事情があるのかもしれない、もしくは、神様からのある導きかもしれない・・・そう思えてきて、女性は、この子を自分の力で育ててあげようと決めました。
なぜ、王と王妃は娘のエメラルドを探さなかったのか・・・。実は、捜索はずっと続けられていました。
それでも見つからず、死亡の扱いとする話も出ましたが、王妃は納得できず、娘は重い病気にかかっており、療養中であると公表していました。
そのため、行方不明の娘の捜索を、身内内でひっそりと行うことになり、それが結局、なかなか見つからない結果になっていたのでした。
赤ん坊を拾った女性は、赤ん坊にかけてあるブランケットに、「エマ」という刺繡がされていたことから、おそらくこの子の名前だろうと推測し、「エマ」と呼び、自分の子供のように育ててきました。
父親のいない娘を育てているとして、近所の目はとても冷たく、周りに助けてもらえない環境の中の大変な子育てでしたが、エマはこの女性にとても懐いており、自分の母親と思って甘えてくれます。
可愛らしいエマの笑顔を見ていると、疲れも吹き飛びます。

ところが、エマとの生活を始めて、二年ほど経った時、女性は病気にかかってしまいました。
なんと医者は、あと半年の命だと告げたのです。
病気になってしまったことは、受け入れるしかないと思いましたが、心配なのはエマのことだけです。
頼む相手がいない中、唯一考えられる人物は、自分の妹のみです。
妹とは、もう数年会っていませんでした。妹のほうが、姉を避けていたのです。
この理由までは、記者もさすがにわからなかったのですが、実は、妹は、姉が結婚した相手の男性に片思いしており、奪われたとずっと恨みに思っていたからでした。
その後、姉の結婚相手が病気で亡くなってしまった時、自分と一緒にいればそんなことにはならなかったと、更に怒りは強まり、姉と絶縁状態になっていました。
この妹というのが、なんと今のエマの継母です。
継母にとっては、姉に、死ぬ最後まで姉の身勝手な行いを押し付けられたという印象しかなく、それでエマ自身のことも嫌っていたのでした。