【絵本】踊り場のエメラルド

 
 

一週間のうちに一度、エマは、木の実や果物、野菜、薬草などを採りに森に出掛けます。自分の意思で外出ができない中、この日は外出が許される日です。
 
今日はちょうどその日で、エマにとっては気分転換にもなる有難い日でした。
 
リリーのすすめもあって、バスケットの中に、自分で作ったドレスをしのばせ、出掛けました。
 
お守りとしてドレスがそばにあると思うと、心も弾みます。
 

 
 


 

 
この日、リリーと力を合わせて、いつもよりも早く収穫が終わりました。
 
収穫量も多く、これなら継母も満足してくれるだろうと思えました。
 
エマの気持ちを察して、リリーは言いました。
 
「エマ、ドレスを着てみたら?」
 
ここは、いつも人気のない森の中なので、着替えも大丈夫そうです。エマは、木の陰に隠れながらドレスを着てみました。
 
自然光が当たる開放的な空間で、ドレスを着たエマは、更に輝きが増しているように見えます。
 
エマ自身も、気分が明るくなって、幸せな気持ちになりました。
 
体から喜びを表現したくなり、思わず歌い出したくらいです。
 
それから、エマは、摘み取った食材で、簡単なサラダを数種類作りました。
 
木の幹に寄り掛かって座り、リリーと一緒にサラダを食べます。
 
綺麗な色のドレスを着て、大好きな料理をして、お腹も満たされて、エマはとても幸せでした。
 
また、この体験をリリーと共有できたことが、更に喜びを大きく感じさせてくれました。
 
リリーも同じように、幸せを感じていました。弾けるようなエマの笑顔を見れて、リリーはこのままここにいたいと思ってしまうほどでした。
 
優しく流れる穏やかな時間を過ごした後、エマとリリーは、また自由気ままに歌ったり、踊るように体を動かしたりして、遊び始めました。
 
すると、突然そこへ、男の人が現れました。
 
「こんにちは」
 
エマは、心臓が飛び出るかと思うほど、驚きました。
 
いつもと違う行動や服装をしていたため、心のどこかに罪悪感もあって、余計に驚いてしまいました。
 
エマに声をかけたのは、グレイヘアがとても似合う優しそうな男性で、年齢は、継母と同じくらいに見えます。
 

 
 


 

 
 
「・・・こんにちは」
 
楽しい夢のような時間から、一気に現実の世界に戻ってきた感覚。返事をしたエマの心はもう、驚きから、怯えに変わっていました。
 
「撮影のために、たまたまこの森に来たんです。そしたら、歌が聴こえてきてね。なんて美しい人だろうと思って、思わず声をかけてしまいました。驚かせてすまないね」
 
継母に知れたらどうしようと不安な気持ちになり、エマはリリーを抱きしめました。
 
そんなエマの様子を見て、男性は続けて言いました。
 
「そんなに怯えないでください。私は雑誌に関わる仕事をしているんです。もし良かったら・・・ぜひうちの雑誌で紹介させてください。あなたと、あなたのドレスと、その料理も」
 
その男性は、エマが作った料理を感心しながら、じっくりと見て回っています。
 
突然の男性の登場と、この展開。エマは、理解するのに時間がかかりました。そして、しばらく沈黙を続けた後、どうやら悪い人ではなさそうだと思い、エマは素直に答えました。
 
「洋服も料理も構いません。でも事情がありまして、私の顔を出すのは、絶対に無理なんです」
 
男性は、にっこりと優しく笑いながら言いました。
 
「オーケー。それじゃあ、後ろ姿のみで、人物の写真も小さく分かりづらくするならどうかな?料理も、君のドレスも、本当に美しい。皆に見てもらいたいよ」
 
自分で作ったものが褒められるなんて初めてのことです。それでもまだ警戒していたエマは、かたくうなずき、渋々承知しました。
 
何か事情を抱えているようなエマの表情を読み取ったこの雑誌記者は、深刻そうな顔をしているエマの緊張を、少しでも解きほぐそうと思いました。
 
そのため、記者は、エマ自身より、まずはブランケットに広げていたエマの料理を、様々な角度から撮影し始めました。
 
なんとなく記者の意図を理解したリリーは、エマを誘って追いかけっこを始めました。
 
突然始まった遊びに、エマは、またもや、とまどい驚きましたが、記者は料理の撮影に夢中になっていて、こちらには関心がない様子です。
 
エマは、記者が来る前の気持ちに戻って、リリーとまた楽しく遊び始めました。
 

 
 


 

 
本当は、子供のように、思いっきり体を動かすことが大好きなエマ。いつも狭い空間で、体を小さくしながら過ごしているため、このように外出できる日は、自然と駆け回りたくなるし、背中に羽が生えているかのように、体が軽やかです。
 
記者はその様子を逃さず、楽しそうに遊んでいるエマの姿を、そっと撮り始めました。
 
もちろん、約束通り、顔は写さないよう、慎重に後ろ姿のみを撮っています。
 
記者は驚きました。エマの顔、表情は一切撮っていないのに、カメラを通しても、隠しても隠し切れないエマの喜びや、キラキラとしたエネルギーが感じられます。
 
撮影していて、ゾクゾク、ワクワクするような、こんな体験は、記者にとって初めてでした。
 
沢山走り回っていたエマが、疲れてふと足を止めると、エマ達のことを、記者はまたニコニコしながら見ていました。
 
「ありがとう。撮影はもう終わったよ」
 
夢中で遊んでいて、撮られていたことにまったく気づかなかったエマは、恥ずかしそうに、
 
「こ、こちらこそ、声をかけていただきありがとうございました」
 
とお礼を伝えました。
 
 
 
男性記者が帰った後、エマは後片付けをし、帰る支度をしていました。
 
するとそこへ、どこからともなく、また別の若い男性が現れました。
 
いつも人と会うことはないのに、今日は一体どうしたのかしら、とエマは焦りました。
 
この男性も、ニコニコ微笑みながら、近づいてきます。
 
この男性の姿・雰囲気は、明らかに普通とは違っていて、高貴な家柄の方だろうと想像がつきました。
 
エマは急に怖くなってきました。
 
こんなに長い時間外出してしまっていたこと、雑誌の取材に応じたこと、ドレスを着てしまったこと・・・。それらを振り返り、また罪悪感でいっぱいになってきました。
 
エマは、今にも話しかけようとしていた男性を素通りして、リリーと一緒に逃げ出しました。
 
その男性は、走るエマの後ろ姿を、不思議そうに見ています。
 

 
 


 

 
無我夢中で走り帰宅したエマは、家の近くでそっと隠れながら、ドレスから普段着へと着替えました。
 
継母は少し遅く帰宅したエマを叱りましたが、採れ立てで新鮮な食材が大量にあることを確認したら、すっかりご機嫌の様子です。すぐ料理に取り掛かるよう、エマに申し付けました。
 
 
 

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