それから2週間後。
ついに雑誌は発売されました。
やはりエマの料理の連載は大人気で、売り切れてしまう本屋もあるほど、世間に求められる雑誌となりました。
更に興味深いことに、あの王子もこの雑誌で連載を始めたようです。
彼の仕事や趣味についての紹介、ちょっとしたエッセイなども書かれています。
また、その記事の終わりは必ず、緑色のドレスを着て料理を作っている謎の女性、つまりエマへのラブコール文で締めくくられていました。

相乗効果で、とにかく雑誌は売れました。読者の大半は、エマに憧れる女性、もしくはエマと王子の恋を応援する人々でした。
『SEASONS』という雑誌はその名の通り、春夏秋冬、年に四回発行されている季刊誌です。
エマはその度にひたすら料理を考案し、作り続けました。
そして読者は、エマが作る料理を楽しみ、王子からの愛のメッセージを読み、2人の恋の行方を見守り、応援していました。
エマの連載が始まってから、季節は巡り、雑誌が四回発行された頃、サーラは、密かにエマのことが気になり始めていました。
最近、なぜかエマが外出する日は、いつもより彼女の機嫌が良いように感じます。また、エマが一段と綺麗になってきたようにも感じられました。
昔からエマは、相手の顔色をうかがい、怯えたような目をしていて、それを面白がっていたサーラでしたが、最近はエマの目に輝きがあり、雰囲気も明るく見えます。
それに、自分の家に遊びに来る男友達何人もが、エマを見てうっとりと見惚れているのがまた許せません。
振り返ってみると、エマの様々な行動が怪しく思えてきました。
エマは何か隠し事をしているかもしれない・・・と、疑い出したら止まらなくなり、エマの外出中、サーラは階段の踊り場へと向かいました。
この踊り場には、サーラはもう何年も来ていませんでした。
相変わらずここは物がほとんどありません。衣類を入れた収納ケースと布団、リリーのためのグッズ類のみくらいで、さっぱりしています。
でも、念の為収納ケースを開けてみました。
エマの地味な衣装しかないように見えますが、サーラは、ケースの底まで手を突っ込み、引っ掻き回してみました。
すると、サーラが大好きな雑誌「SEASONS」が四冊も入っていました。
それだけではありません。緑色のドレスも入っていたのです。
サーラは、今まで感じたことのない怒りがこみ上げてきました。
世の中の女性達が皆、「SEASONS」に夢中になり、色めき立って緑色のドレスを着たり、王子との恋愛に夢見たりしている間、エマは自分には関係ないような顔をしていました。
ところが、自分と同じように、というよりも自分の真似をして同じことをしていたのです。
それに、どうやってこの雑誌やドレスを手に入れたのだろうと不思議に思いました。
まさか盗むということはしないと思いますが、母から預かったお金で勝手に購入していたのか、男性からの贈り物なのか。だから、外出が嬉しそうだったのか・・・。
サーラは、エマが持っているエメラルドのペンダントが欲しくてずっと我慢していましたが、それを奪うだけでは気が済まなくなってきました。それほどの怒りを感じています。
そこへちょうど、エマが帰宅する音が聞こえてきました。
サーラは、エマの緑色のドレスを持って、エマの元へと走り出しました。
「あんた、なんでこのドレス持ってるのよ!どこで手に入れたのよ!」
と言いながら、ドレスを両手で掴み引き裂き、投げつけました。

近くにサーラの母親もいて、突然のサーラの叫び声に驚き、目を丸くしています。
エマは、声が出ませんでした。どう答えていいかわかりません。
でも、バレてしまった、この時が来てしまった・・・。エマの恐れていたことが、ついに起きてしまいました。
(誰にもらったと答えよう?それとも、自分で買ったと答えればいいのかしら。自分のお金は無いのに・・・?)
悩んで悩んで、エマは正直に答えました。手芸店の店主に、無料で譲ってもらった緑色の布でドレスを作り、雑誌は、知り合いの人に譲ってもらった、と。
継母はバカにするように笑いました。エマも同じように、他の女性達の真似事をしていると呆れています。
エマの話を聞き、お世話になった私達親子に隠し事をするなんて、エマの分際でよくできたものだと、サーラの怒りは収まりません。
階段の踊り場に戻り、エマの雑誌を持ってきて、エマに投げつけました。
エマの顔に雑誌が当たり、アザができ、肌の表面は切れてしまいました。
それを見ていたリリーは怒って、サーラに向かっていこうとしました。
ところが、その瞬間、エマはリリーをぎゅっと抱き止めました。
リリーは全く悪くないし、リリーまで悪者にしてはいけないと思ったからです。
その様子を見てサーラはより逆上し、手元にある物を手当たり次第エマに向かって投げ続けてきました。
リリーをかばうように、エマはただ投げられるまま、それに耐えていました。
ただの姉妹ゲンカのようなものだと思っていた継母も、さすがにここまでくるとどうしたらいいものかと戸惑ってしまいました。
と、その時、玄関のチャイムが鳴りました。
サーラの動きは一瞬止まりましたが、エマは人前に出れるような状態ではありません。
そのため、継母が玄関へ向かいました。
今来た突然のお客様は、なんと、雑誌「SEASONS」の出版社に勤めているあの記者でした。
声を聞いてすぐ記者が来たと分かったエマは、玄関先から見えないよう体を曲げ、姿勢を低くして隠れるような体勢をとりました。
記者は、継母に何か尋ねています。
どうやら庭に生えている植物のことで、珍しい品種のものなので、ぜひ撮らせてほしいとお願いしているようでした。
その後は、記者と継母の軽い雑談が聞こえてきました。娘はいるが、独り身であることをアピールしているようです。
でも、記者は、普通の状態ではないエマを見つけてチラチラと見ています。それに気付いた継母は、怪我をしているエマの存在を恥ずかしく思い、彼女は手伝いの者だと伝えました。
「ふんっ」と、サーラは鼻で笑いました。
実はこの日、記者はあることの調査のため、近くを歩いていました。
すると、エマが住む家から、物がぶつかる音、ガラスが割れる音、女性のヒステリックな叫び声が聞こえ、ただごとではないと思い、訪れたのでした。
とっさのことでしたが、仕事道具のカメラを持ち歩いていてよかったと思いました。
初対面の身では深入りすることもできず、記者はとりあえず、庭の撮影に入ることと、
「女性だけだと不便なこともあるかと思いますので、何か困ったことがありましたら何でもおっしゃってください」
という言葉を残して、撮影に向かいました。
記者は、一応庭の植物の撮影はしていましたが、先ほど見たエマの様子が気になって仕方ありません。
(ここにエマは住むべきではない、もう限界を迎えている。彼女もきっとそのことに気付いているはずだ)
そうは思っても、どうしたらいいのか・・・。
何事もなければ、三日後、またエマと森で会う予定になっています。
それまでに、記者は自分が今できることを考え、また、ある人に相談しようと決断しました。
