【絵本】踊り場のエメラルド

 
 

それから数日後のこと、継母の娘が、自分の部屋から飛び出してきました。
 
「ママ!このドレス買って!」
 
娘のサーラは、持っていた雑誌を、母の前に広げて見せました。
 
「急になんだい。・・・どこかで見たような色だねぇ。おまえには似合わないんじゃないかね」
 
その言葉を聞いて、娘は更に興奮した様子で、
 
「絶対似合うわよ!すぐに買って!そして、この雑誌社に連絡してちょうだい。王子が会いたいと言っている娘は、私の娘ですって!」
 
と言いました。
 
家事をしながら、二人の会話を聞いていたエマは、どきりとしました。
 
母親は、さっぱり訳がわからず、
「一体どういうことだい?順を追って説明しておくれ」
 
と、ため息をつきながら問いました。
 
「あのね。この、『SEASONS(シーズンズ)』という雑誌に、後ろ姿の女性が載っているのよ。顔を隠してね。それに対してなんと王子様からのメッセージで、『この女性に会いたい。連絡先を教えてほしい』って、今号の雑誌に書いているのよ!だからなんとか私がこの女の人のようになれば、王子様に会ってもらえるでしょ」
 
 

 
 


 

 
このように、この家では娘が大騒ぎをしていましたが、実は世間でも、この雑誌のことが大変話題になっていました。
 
緑色のドレスは飛ぶように売れ、また、この雑誌社に、『この女性の正体は私です』という多くの声が届いていました。
 
でも、エマと会い、彼女を撮影した記者は、連絡してくる全ての女性は偽物だとわかっていました。
 
素性を隠したがっていたエマが、わざわざ問い合わせてくるはずはないのですから・・・。
 
 
数日後、エマはまた食材をもとめて、森に行きました。
 
その時は、緑色のドレスは持っていきませんでした。
 
家の人達にいつ見られるかわかりませんから、衣装をしまうケースの底に押し込んで隠しています。
 
あの雑誌の件で興奮していた継母の娘の様子を見てからというもの、緑色のドレスは、自分にはふさわしくない、高価な宝物のように思えてきました。
 
所有する価値が自分にはないと思うと、もはや爆弾のような危険物にも思えてきます。
 
その危険物は、何事もなければ静かで安全な物ですが、ひとたび人の目に触れれば、大変な騒ぎになってしまうでしょう。
 
エマの気持ちとは裏腹に、この日はよく晴れた日で、爽やかな風が吹く森の中は、大変気持ちが良く、どんよりとした心を一掃してくれそうです。
 
エマは、心配事を振り払うかのように、集中して食材を探していると、先日撮影をしにきた雑誌記者がまた声をかけてきました。
 
「また君と会えて良かった。君のことを載せた雑誌だけど、読者の反響が想像以上に凄くてね。君の偽物が沢山現れたのには笑ってしまったが、それ以上に、君の料理の評判も良くて。『また、顔を隠したままでいいから、もっとこの美しい女性のことを知りたい、特集を組んでほしい』という要望が殺到したんだ。ぜひまたお願いしたいと思っているんだけど・・・どうかな」
 
「うわー。嬉しいね、エマ」
 
リリーは、エマの耳元でそっとささやきました。
 
エマは、
「ありがとうございます。料理は大好きなので、反応していただけて嬉しいです。でも、私のことは何も書けることはないし、面白くないと思います」
と記者に言いました。
 
自分に自信がないエマは、美しいと言われてもそうは思えないし、自分自身のことを皆がもっと知ったら、がっかりさせてしまうだろうと、本気で考えていました。
 
「それじゃあ、まあ・・・まずは料理だけでもお願いできるかな」
 
エマの気持ちを優先しつつ、反響が大きい料理だけでも特集を組ませてもらえたら有難い、と記者は思いました。
 
「それだけでしたら、なんとかできると思います」
 
「ありがとう。それじゃあ今後のことだけど・・・」
 
記者とエマは、次に会える日や、紹介したい料理の数などについて話し合い、軽く打ち合わせをしました。
 
エマは、かなり限られた時間しか外出できないため、うまく時間を使って、効率的に動かなければなりません。
 
エマの生活に負担をかけないよう、記者はいろいろと考慮して、今後の流れを提示してくれました。
 
「それから、君に会いたいと言っている王子様のことだけど」
 
記者は、遠慮がちに、エマの様子をうかがいながら、突然話題を変えてきました。
 
王子と聞いて、エマはドキッとしました。
 
ただでさえ、「緑色のドレス」という問題を抱えているのに、あの日会ったもう一人の男性が実は王子様だったと知った時、エマが受け入れられる心の許容範囲は、とっくに超えてしまいました。
 
そのため、王子様からのメッセージは、知らなかったことにしておきたかったのです。
 
「ごめんなさい。私はやっぱりお会いすることはできません」
 
王子様の気持ちは本当に嬉しいと思いましたが、そんな目立つことをすれば、内緒にしていた数々のことが、全部明るみに出てしまうかもしれません。
 
「もちろん、無理しないで。王子様には事情があって会えないことを、こちらからやんわりと伝えておくから」
 
優しい記者は、エマの気持ちを第一に優先してくれたのでした。
 
記者と別れ、家に帰って家事を始めたエマ。
 
王子様には本当に申し訳ないと思い、少し心がモヤモヤしていましたが、家族達への晩ご飯を作っていたら、雑誌で紹介する料理はどんなものを作ろうかと考えるのが、楽しみになってきました。
 
楽しいことを考えていると、仕事もはかどります。
 
あっという間に晩ご飯の準備を終えたエマは、ポケットに手を入れました。
 
地味な身なりをしているエマですが、実は一つだけ高価なものを持っています。
 
それは、宝石のエメラルドのペンダントです。
 

 
 


 

 
これは、エマの実の母親の形見なのです。
 
幼い頃から何度も、継母の実の娘サーラからこのペンダントを取られそうになりましたが、「これだけは!」と死守してきました。
 
自分の母親は、エマが二歳の時に亡くなったと聞かされており、残念ながら母の顔は覚えていません。
 
エマは何度も何度もポケットに手を入れ確認したのですが、なぜかペンダントがありません。どこに落としたのでしょうか。
 
床に這いつくばって探していると、サーラがニヤニヤしながら声をかけてきました。
 
「あんたのペンダント、落ちてたわよ。拾ってあげたんだけど、私がもらっていいわよね。落とすくらい大事にしてない物みたいだし」
 
「返して!」
 
エマは自分でも驚くくらい、初めて大きな声を出していました。
 
「嫌よ!」
 
サーラが逃げようとした時、ネコのリリーがすばやくサーラの前を通って邪魔をしました。
 
「キャー!危ないじゃない!」
 
エマは、リリーがいてくれてよかったと思いました。そうでなければ、エマは我を忘れて、サーラに掴みかかっていたかもしれません。
 
そこへ、この騒ぎを聞きつけて、継母がやってきました。
 
「何を揉めてるんだい?エマまで大きい声を出して」
 
「このペンダント落ちてたから、もらっていいわよねって話してただけよ」
 
サーラは、ペンダントを振り回しながら言いました。
 
それを見てエマは、
 
「返して!」とまた叫びました。
 
リリーは、いつでもサーラに向かっていけるように、身構えています。
 
継母は、また始まったかというようなあきれ顔をして言いました。
 
「あんな女が残した物なんか持ってるんじゃないよ」
 
継母は、サーラからペンダントを取り上げました。
 
「こうやって揉めるくらいなら、さっさと売ってしまえばいいんだよ」
と言って、ペンダントを持っていこうとしました。
 
「返してください」
 
エマは泣きながら、継母の前に立ちました。
 
継母はじっとエマを見つめ、怒りで肩を震わせながら、エマにペンダントを投げつけました。
 
「こんなもの!」
 
美しいエメラルドのペンダントは、継母の娘のサーラにとっては、自分も身に着けたいと思うほど惹かれるものでしたが、なぜか継母にとっては、見ていたくもない、込み入った事情のある物のようです。
 
その理由は、サーラもエマも知りませんでしたが、エマの実の母親との関係性が良くないものだったのだろうということは、想像がつきました。
 
エマは涙をぬぐい、ペンダントを大事そうにハンカチで包み、階段の踊り場へ向かいました。リリーも一緒についていきます。
 
「元気出してね。僕がいつでも守ってあげるよ」
 
「ありがとうリリー」
そう言って、エマはリリーの頭を優しく撫でました。
 

 
 


 

 

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