【絵本】踊り場のエメラルド

 
 

ついに、料理を作る日がきました。
 
当日、エマは、楽しみな気持ちとプレッシャーでドキドキ、そわそわしていました。
 
でも、毎日の辛い家事も、この日のことを思うと頑張れました。
 
継母とサーラは、パーティーを楽しみにしていたので、いつもと違うエマの様子には全く気付いていないようでした。
 
特にサーラは、この日のために、母親に緑色のドレスを買ってもらい、すっかりご機嫌で、エマの存在すら気にも留めない様子でした。
 

 
 


 

 
夕方、エマは、継母とサーラが出掛けたのを確認してから、記者が勤めている会社に向かいました。
 
さすがに写真撮影の日に料理を人前で作るのに、いつものみすぼらしい格好では恥ずかしいと思い、エマが作った緑色のドレスを着ています。
 
建物は想像以上に大きく立派で、驚きました。
 
記者はすでに、入口前でエマ達を待ってくれていました。
 
案内され、すぐに向かったのはキッチン。こちらもとても広く、綺麗でした。キッチンツールや調味料類は大変豊富で、それでいてすぐに取りやすい位置に、完璧に配置されています。
 
エマはワクワクしました。
 
正直に言うと、自宅のキッチンは狭くないにしても、継母達の好みの食材やキッチンツールが乱雑に置かれており、お世辞にも清潔感があるとは言えません。
 
綺麗好きなエマは、自宅のキッチンを使うたびに、心のどこかにもやもやとしたものを感じていましたが、この綺麗なキッチンを見て、初めてその意味がわかりました。
 
そして、こんなキッチンが手に入ったら・・・と、自分の強い欲求があることにも気付き、驚きました。
 
瞳をキラキラさせてキッチンを眺めているエマに気付いた記者は、優しく言いました。
 
「君の好きなように使っていいよ。うちの会社の者達は皆、君ほど料理はできないし、実はちゃんとこのキッチンを使いこなせてないんだ。君に沢山使ってもらえると、このキッチンも喜ぶと思うよ」
 
「はい。ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
 
エマはノートを開き、これから作る予定のメニューとレシピを確認しました。
 
エマはヘルシーな料理が好きなので、今回作ろうと思っている料理は、野菜が多めではありますが、栄養バランスもしっかり考えた上、飽きさせず、どんどん食が進むよう工夫したメニューを考案してきました。
 
記者はそのノートをちらっと目にして、感心しました。エマの隠れた才能には、沢山の可能性が秘められているようで、その扉が今日開かれるのかと思うと、楽しみになってきました。
 
ネコのリリーは、会社の外にいた野ウサギと一緒に遊んでいます。雑誌に載る写真に写り込んでしまったら、継母達に気付かれてしまうため、エマからは離れていたほうがいいと判断したのでした。
 
エマは早速、サラダ作りから取り掛かりました。
 
レタスや水菜、赤キャベツなどの葉物野菜の他、ラディッシュ、アボカド、トマト、玉ねぎ、きゅうり、イチジク、オレンジ、グレープフルーツ、ひよこ豆や赤いんげん豆の豆類、ナッツ類、ハーブやスパイス類、マスタードやワインビネガー、バルサミコ酢などの調味料を使って、サラダだけで五種類も作りました。
 
作ったサラダを並べて、エマは、撮影をしている記者に向かって言いました。
 
「お好きなタイミングで、どうぞ召し上がってください」
 
記者にとっては、今回力を入れた撮影だったため、見た目だけでなく、味も撮影に影響するかもしれないと思い、少し料理を小皿に取り、つまみながら撮影することにしました。
 
記者は、感心しながら言いました。
 
「君はどうしてこんなに手際よく、そして美味しいプロレベルの料理が作れるんだい?誰かに習ったの?」
 
プロレベルなんて言われて急に恥ずかしくなり、エマは、うつむきながら答えました。
 
「いいえ。ただ自分の感覚で作っていただけです」
 
「前にお母さんの話を聞いたけれど・・・今は一人で暮らしているのかい?」
 
「母の知り合いだった方のお家に住ませてもらっています。その方には娘さんもいます」
 
「じゃあ、いつも料理を作っているから上手なんだね」
 
探るような質問。でも、エマはその意図には気付かず、
「そうです」
と答えました。
 
スープは、ハーブ系の冷製スープ、コーンポタージュ、きのこがたっぷり入ったクリームスープなど、こちらも五種類作りました。
 
それから、お腹も心も満たされるような、ボリュームのあるピザやパスタ、スパイスカレー。ハーブをきかせたフライドポテト、ひよこ豆のコロッケ、揚げ物も器用に次から次へと作ります。
中でも、ブロッコリーのソテーは絶品でした。
 
どれも瑞々しく、色鮮やかな料理ばかり。エマ自身の輝きが、そのまま料理にもうつったかのようにキラキラとしています。
 
血の繋がらない人達と住み、身に付けるものは地味で、擦り切れ、色褪せたものばかり。年齢の割に手が荒れていて傷も多いのは、料理だけでなく家事全般を担っているのかもしれない。
 
記者は、エマを想う気持ちが強くて、想像がどんどん大きくなってしまいましたが、あながち、その予想は外れていないのではないかと思えました。
 
エマは、約四時間、ほぼ休まず集中して作り続けていました。
 
手際もさることながら、その集中力がすごい。
 
誰も近づけないオーラ。記者はエマの作業の邪魔にならないよう、かなり注意して撮影しなければなりませんでした。
 
そんな記者の様子には全く気付かないエマは、目の前の料理作りに夢中になっており、そしてそれを楽しんでいました。
 

 
 


 

 
誰かに強要されて作るのではなく、自ら、自分のために、誰かのために作りたいと思って作る料理は、こんなにワクワクして喜びでいっぱいになるのかということを初めて知りました。
 
出来上がった料理は、キッチン横の広いテーブルに、どんどん広げられていきました。
 
「君の才能がここまでとは・・・本当に驚いたよ。やっぱりこの力を外に発信して、皆に知ってもらいたいよ。必要としてくれる人はいっぱいいるよ」
 
同じく長時間働き続けてきた記者は、ハンカチで汗を拭きながら言いました。
 
「ありがとうございます」
 
エマは、記者からの言葉を、とても嬉しく思いました。
 
ただ、しなければならない家のことと、今出来ている自分の大好きなこと、両方の事実に挟まれ、正直複雑な気持ちではありました。
 
そこへ、キッチンがある部屋の外で、賑やかな声が聞こえてきたかと思うと、突然この部屋の扉が開かれました。そして、十数人の人達が、どやどやと入ってきました。
 
「美味しそうな匂い!」
 
そう言って、皆がエマ達のそばに駆け寄ってきました。
 
どうやら、記者と同じ会社の人達のようで、記者は、エマと同僚達の間に入って、それぞれを紹介してくれました。
 
 

 
 


 

 
食材や料理を作る工程、完成した料理自体も、全て写真におさめています。エマも記者も、仕事を終えたことになります。
 
仕事のために作られた料理は、数十種類ものの数になり、もはやご馳走です。
 
そこで、パーティーかと思われるほど、皆で料理を楽しみ、賑やかに過ごしました。
 
エマは社交的な人間ではなく、こういった賑やかな場所は苦手だし、自分には不釣り合いと思っていましたが、エマの作った料理全てを褒め、感動して、美味しそうに食べてくれる人達を見て、苦手意識は吹き飛びました。
 
皆、記者と同じように優しく、ユーモアがあって一緒にいて楽しいのです。飛び交うジョークに、エマは声を出して笑いました。
 
その中でも、エマより五歳ほど年上の男性が、エマを気遣い、よく話しかけてくれました。
 
男性と話す機会がほとんどないため、最初は緊張していましたが、その男性が一番エマの料理を褒め、お腹が膨れるくらいに沢山食べてくれました。
 
全種類食べたい、皆に取られたくないと食事を頬張り、また口に詰め込みすぎてむせている姿は、子供そのもので笑ってしまいました。
 
こんなに喜んでもらえると、本当に作り甲斐があります。創作意欲も更に湧いてきました。
 
こんな幸せな日を過ごせるなんて、とエマは感動で胸がいっぱいになりました。
 
(エマが笑ってる・・・!)
 
いつの間にか側に来ていたリリーは、ちょっぴり涙を浮かべ、エマを見つめています。
 
ずっとここにいれたら・・・と思ったのは、リリーも一緒です。
 
エマはリリーと目が合い、お互いニコリと微笑み合いました。
 
その時、時計の針が真夜中を指し、鐘が鳴りました。
 
一気に現実に戻されたような感覚になり、エマは焦りました。
 
継母達は今夜は泊まりで帰ってきませんが、先に家に戻って、朝からいつも通りの家事をしなくてはなりません。
 
「もうこんな時間だ。自宅まで送っていくよ」
 
優しい記者は、後片付けを皆に任せて、エマを家まで送ってくれました。
 
帰り道では、もう次の撮影の話になりました。
 
必要とされていることでお仕事をして、お金をいただく一人前の女性に少し近づけたようで、エマは嬉しくなりました。
 
「とにかく、次号の掲載を楽しみにしてて」
 
そう言って記者はエマに微笑み、帰っていきました。
 
その日の夜、当然家にはエマとリリーしかいませんが、家全体がほんわかと温かく感じられました。
 
眠る時間は少ないですが、料理に夢中になっていた時間、楽しい食事の時間、今夜の夢のような時間を思い出しながら、エマは深い深い眠りについたのでした。
 
 

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